ども、明智です。
平成ゲーム史を振り返っていくシリーズの平成元年編です。
今回のお話は、実は「平成まるっと振り返り」ラジオ動画でも収録はしていたんですが尺の関係上カットしたお話です。
もうひとつの携帯ゲーム機 Atari Linx
ゲーム史を語るうえで、平成元年における最大のトピックと言えば4月21日の「ゲームボーイ」発売で間違いありません。
任天堂が「ゲーム&ウォッチ」に続く第二の携帯機として世に送り出した通称「携帯できるファミコン」。1ハード1ゲームだったゲーム&ウォッチと違い、ファミコンのようにカートリッジ交換をして1つのハードで様々なゲームを遊べるようになりました。
1987年にPCエンジン、1988年にメガドライブといった据え置き型の次世代機が発売される中、ゲームボーイはモノクロ型ディスプレイの搭載にとどまっており「いまさらモノクロ(いわゆる白黒画面)ではウケないんじゃないか」と発売前には売上を心配されていたようですが、本体同時発売の「スーパーマリオランド」や、6月に発売された「テトリス」は大ヒットを記録。以降も順調にヒット作が発売され、蓋を開けてみれば1998年に「ゲームボーイカラー」が発売されるまでの10年間、同じくロングランのファミコンよりも長い期間を現役ハードとして活躍することになりました。
と、ここまではよく知られた話です。
しかし時を同じくして産声を上げた「もうひとつの携帯ゲーム機」について知っている人は数少ないでしょう。
そのゲーム機は、世界初のビデオゲーム会社として知られる米国のアタリコープ社から9月1日に発売されました。バックライト搭載のカラー液晶を業界で初めて搭載し、通信ケーブルで8人まで同時対戦が可能、ゲーム機としては珍しく左利きのユーザーにも配慮したユニバーサルデザインを採用するなど、当時としては画期的で圧倒的なスペックを誇るハードでした。
その名は「Atari Lynx」。
どことなくニンテンドーSwitchに似ている気がしなくもないデザインですよね。
なぜこれほど「スゴそうな」ハードが現代においてあまり名を知られていないのか。
ズバリ、売れなかったからです。
まず、なんといっても当時としては携帯機にあるまじきデカさと重さ。さらにはACアダプタからの給電も可能とはいえ、携帯するには乾電池6本を必要とし、それを3時間程度で使い果たすというモンスター級の大喰らいっぷり。
デカい、重い、燃費が悪い
携帯ゲーム機としては突出したスペックを持ちながら、「携帯する」という点において致命的な弱点の三連コンボも同時に搭載してしまったのです。
さらにはあまりにもスペックが高すぎるゆえにソフトを供給するサードパーティーがソフトの開発に困窮し、肝心のソフトがあまり発売されないという事態にも陥っていました。
対して
モノクロ画面で低スペック、
でも小さくて、軽くて、低燃費で持ち運びやすく、充実のソフトラインナップを持っていたゲームボーイ。
ゲームボーイは性能面ではLynxに遠く及びませんでしたが、「携帯機」としての本分を見失わず、そのアイデンティティの優位性をしっかり確保しながら、ゲームにとって最も大事な「良質なソフトの供給」もクリアしました。
まさに、目の付け所が2つのハードの命運を分けたというわけです。
当時のファミ通の「今後発売予定のゲーム」記事にLynxの欄があったというので、日本でもそれなりに注目はされていたのでしょうが、生き残ることができませんでした。
以上、短いですが、忘れられたもうひとつの携帯ゲーム機「Atari Lynx」についてでした。
今回はここまで、次回もよろしく!
コメントを残す